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【ママライター講座作品①】「つながり」を感じる町  小川純恵


「つながり」を感じる町      小川 純恵

 

私にとって、桐生市の象徴的な風景は、渡良瀬川と、その川を挟んで岸と岸とを「つなぐ」橋の数々だ。

桐生市という町について考える時、私はこの「つながり」という言葉を意識する。

 

「ごひいき」と「おとくいさん」

 

私がその「つながり」を意識するようになったのは、夫と結婚した頃からだ。

姑が、私のこの町の人の印象を育ててくれた。

 

彼女はとても明るく話好きな人だ。

そして、「○○さんのとこのお嫁さんは△△の娘で、家は××をしてて、もともとはどこそこの出で…」といった話にとても詳しい。

姑だけでなく、商売をしている家が多い土地柄か、この町の人は皆、彼女のように社交的でこの手の話が好きなように感じる。

 

また、商店街の近くに住む姑には、「ひいき」にしているお店がいくつかあって、お魚は○○、肉は△△、野菜は□□と、いつも決まったお店で購入する。お店にとって、彼女はいわば「おとくいさん」だ。

それぞれのお店の店主の人柄やその家族の近況、「あそこのお店はこれが美味しい」などと話す姑は、いつも生き生きとしていてとても楽しそうだ。

 

「ひいき」に助けられた記憶

 

私はというと、「デパートなどで一度に購入してしまえば楽なのに」と思う向きもある。

だがその一方で、その「ひいき」先に様々な場面で助けられてきた。

 

長女の3歳の七五三の時のことだ。

人見知りで場所見知りの激しい長女は、写真撮影はおろか、着物の着付けもままならない様な状況だった。

そんな時、ひいき先の写真店のおかみさんが、娘を上手にあやしながら手際よく着物を着つけてくれ、手づくりの髪飾りをつけてくれた。

娘がぐずって写真撮影を嫌がると、機嫌を直そうと、近くのコンビニに娘の好きなお菓子を買いに走ってくれた。

お気に入りのアメを手にした娘は、少しだけ気持ちが落ち着つき、何とか撮影することが叶ったのだった。

 

次女の7歳の七五三の時には、義母の行きつけの美容院にお世話になった。

おてんばで好奇心旺盛な次女は、着物を着つけるそばから帯をいじったり、小物類で遊んだり……と落ち着かない様子だった。

神社へのお参りが終わる頃には、案の定かんざしは明後日の方を向き、帯の位置もずれ、扇子などの小物も元の状態がわからなくなってしまっていた。

半ばあきらめて、写真でも撮ろうかと場所を探していると、そこに美容院の先生がにこやかに現われて、崩れてしまった帯や小物をきれいに直してくれた。

そして、「近くに寄ったから見に来たのよ」と何事もなかったかのように帰って行った。

 

「人と結び付くのが大好きで、とびきり面倒見の良い人」が多い

 

「ごひいき」「おとくいさん」というと、商いを主にしたつながりのように思える。

だが、この町の人はそれを超えた部分での「人と人の結びつきが強い」のだ。

桐生の人は「人と結び付くのが大好きで、とびきり面倒見の良い人」が多いのだと思う。

思えば、いちばん身近な所に典型的な桐生の人がいた――私の夫だ。

 

彼は市内で開業している小児科医だ。

彼が他の開業医と明らかに違うのは、診療時間外や休日でも患者さんからの電話には必ず応対し、必要があれば夜中でも診療するというところだ。

「自分は、この町に住んでいる子供の顔と名前がわかって、成長が見守れるような町医者になりたいんだ」と彼は言う。

その根底には、彼の面倒見の良さや、「人と仲良くなるのが大好きだ」という桐生人気質のようなものが流れているのだと思う。

私が、渡良瀬川のほとりにある、肢体不自由児施設に勤め始めたのが、23年前のことだ。その後、この町に嫁いだので、人生の半分以上を桐生市で過ごしてきたことになる。

私は夫や姑のように、“この町”に、“人”に、深く結びついて来られただろうか?

 

渡良瀬川は昔も今も、この町のすべてを受け止めてとうとうと流れてゆくようにみえる。

RSS Feed  Posted on 2015-07-17 | Posted in PAPA_MAMA, REPORT | No Comments »

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